坂本修学院 - 名僧の足跡

日本に茶を広めた栄西禅師

14歳で比叡山にて出家得度し、天台教学と密教を学んだ栄西は、仁安3年(1168)に形骸化していた天台宗を立て直すべく宋に留学します。
文治3年(1187)には、二度目の入宋を果し、建久2年(1191)宋より御帰朝の際、臨済禅と共に茶の種子を持帰り、当山の西谷石上坊の庭に播かれ茶樹の栽培が行なわれました。これより日本のお茶文化が発展したといわれており、ゆえに『日本最初の茶樹栽培発祥地』と呼ばれています。
この茶園は石上園、茶銘は『石上茶(いわかみちゃ)』と称されました。お茶祭り昔022.bmp

石上茶は、背振山内のお坊さん達で飲まれていましたが、のちの明治時代には『石上茶』が商品として販売されました。
しかし、他産地の緑茶の製茶技術には追いつかず、代わりに紅茶の製造・輸出が盛んに行われ、良く売れたようです。
お茶祭り昔015.bmp聖茶まつり「茶摘み」
◎聖茶まつり
毎年、栄西禅師の遺徳を偲び、「聖茶まつり(吉野ヶ里町主催)」が開催され、4年に1度、茶摘み体験などのイベントが行われています。
※栄西とは…天台密教葉上流の流祖。のちに京の都へはいり臨済宗を開く。