修学院

祈りの寺の朝護摩供坐禅大山蓮華つつじ利休梅智慧と癒しの湧水『智癒の水』中庭鐘楼堂より見る風景毘沙門堂より見える風景夕暮れ


千三百年余の法灯を現代に










耳納連山〜阿蘇山〜雲仙岳まで見渡す
眺望と季節の花咲く修学院

修学院の名称の由来

【修学院(しゅがくいん)】の正式名称は『背振山積翠教寺修學院』です。
背振山は、和銅2年(709)湛誉上人により開山され、上宮・中宮・下宮の三ヶ所からなる山岳仏教の聖地で、修学院は下宮にあたります。
修学院の名称の由来は、 慶長5年(1600)に鍋島直茂公(佐賀藩祖)の助力により、下宮の積翠寺が再興された折、京都の曼殊院門跡(皇族)より『修學院』の院号を賜りました。
これにより、積翠寺を修学院と称するようになり、背振一山の中心も中宮の霊仙寺より下宮の修学院へと移行していきます。
藩政時代には、肥前国の最北東に位置するため「佐賀城鬼門除け・肥前国安穏祈願寺・三蜜祈願の道場」と定められおり「代々祈願怠るべからず」との書状が今でも掲げられています。
※積翠教寺の「教」の字は天台宗に属することを表しています。

修学院の本尊『背振不動尊(徳善大王)』

背振山のなかには、上宮の弁財天、中宮の乙護法善神(おとごほうぜんじん)、そして下宮の徳善大王(とくぜんだいおう)が、それぞれお祀りされています。
修学院は古来からの不動霊場で、多くの行者が加護をうけ修行に励んでいました。
今も祈る者をすぐさま救おうと不動尊は中央に立っておられます。
初詣・厄除祈願には『背振不動尊』へどうぞご参拝下さい。